千年城の最上階
そこには玉座があり前後左右上下360度ありとあらゆる方向より伸びた鎖によって全身を拘束された一人の女性がいた。
本来であれば目覚めることがない彼女に変化があった。
それは真祖である彼女としては有り得ない物だった。
彼女は恐怖を感じたのだ。
自分に向けられた物ではない。
しかしそれでもこれほどの恐怖を感じたことはいまだ無かった。
鎖が解けていく。
こんな事は今まで無かった。
彼女がことごとく滅ぼした真祖にも死徒にも彼女をここまで恐怖を感じさせる者などいなかった。
ただ機械の如くマリオネットのように、与えられた事を黙々とこなすだけであった彼女。
だが、それはことごとく崩壊しようとしている。
あれは危険だ。
あれは自分を殺すことができる。
だから殺されない前に殺そう。
そう考え彼女は歩き出した。








 
アルトルージュと士郎の戦いが終わって30分後
士郎は青子と橙子によって寝室に連れて行かれ。
他の全員はホールにいた。
未だにアルトルージュはリィゾの服をつかんだまま震えていた。
勝負の決着については士郎が20分逃げ切るかどうかなのでどちらが勝ったかは分からなかった。
橙子と青子派がホールに戻ってきたがその顔は険しかった。
二人が椅子に座りコーバックが問いかけた。
「士郎はどうだ?」
「一応特に問題はありませんでした。表面上は」
つまり精神の方で何かあったのだろう。
「とても今の士郎の中はのぞけないな。そんなことをすれば我々が死ぬだろう」
「そうか」
再び沈黙が広がった。
「ご老体」
リィゾが口を開いた。
「なんだ?」
「あの少年はいったい?」
「ふむそうだなもう話してしまってもかまわんだろう。簡単に言えば士郎は『生きた魔法』だ」
そしてゼルレッチは士郎のことについて話した。
聞いていた3人は言葉が出なかった。
人の形をし、人と同じように生きてはいるがその身は魔法。
いくらアルトルージュがどれだけの力を持っていようと所詮は死徒というくくりの中での存在。
そんな物が生きている魔法に勝てるはずもない。
「今回はあのような結果にはなったが。姫様にとってはその程度で済んだだけましであろう。もし士郎が我々の手に負えない方法で姫様を攻撃していたら、姫様は死んでいたのだから」
その言葉にアルトルージュは更に震えが強くなった。
「黒の姫よ」
橙子が呼びかけた。
「言ったはずだ貴様の手には負えないとな。そして危険だと。今ならその理由が分かるだろ」
アルトルージュは答えない。
だがしかし橙子の言っているように今ならあの言葉の真意が分かる。
橙子は危険だと言ったが、あれは士郎のことではなくアルトルージュに向かっていったのだ。
「この2年間ずっと士郎事を見てきたがそれでも未だに分からないことがいくらでもある。それなのに昨日今日にやってきた貴様に士郎のことが欠片も分かるはずがない」
アルトルージュにこの言葉は届いてなかった。
彼女はただ自分の行動を悔いていた。
ただの人間だと侮って挑んだ結果がこのざまなのだ。
死徒の姫として慢心してたからこうなったのだ。
そして彼女はあることを考えていた。







 
目が覚めたときそこは2年前と同じく病院かと思ったが違った。
そこはいつも自分が寝ていた部屋で、自分はベッドの上でねていた。
しかし心は2年前と同じく最悪であった。
未だに声が響いてくる。
士郎は体を起こそうとしたときベッドのそばに誰かがいるのに気がついた。
それは女性だった。
彼女はまるで大人の姿をしたアルトルージュが白くなったかのように思えた。
しかし目には光が無くまるでロボットのようだった。
彼女が口を開いた。
「おまえはなんだ?」
その声は高く、とてもきれいだと士郎は感じた。
「おまえはなんだ?」
もう一度彼女が問いかける。
「俺は衛宮士郎です。あなたは?」
返事をし、それと同時に彼女に問いかける。
士郎は彼女が誰なのか既に知っていた。
この城に来たときこの城について思い出していたからだ。
当然彼女のことについても。
「私は、、、アルクェイド・ブリュンスタッド」
「初めまして、アルクェイド姉さん」
微笑みながらそう挨拶する士郎。
アルクェイドに感情はない。
それでも彼女は疑問を抱かずにはいられなかった。
本当にこの少年が自分に恐怖を抱かせた人間なのかということを。
彼女自身はそもそもこんな事を考えること自体が彼女に変化訪れていたことに気付いていなかったが。
そして当初の目的を果たそうとした矢先に士郎がこう問いかけた。
「俺を殺したいのですか?」
そのとき既に彼女の魔力を帯びた爪は士郎ののどに突き刺さる一歩手前だった。
「俺は死にたくありません。だって死んだらみんなが悲しみますから」
士郎はアルクェイドが腕を動かせば死ぬ状況なのにそんなことを平然と微笑んだまま答える。
「アルクェイド姉さんは寂しくないですか?」
今度は別のことを聞く。
アルクェイドは爪を突き立てたまま答えない。
「ひとりぼっちで寂しくないですか?嫌じゃありませんか?俺はそんなの嫌です」
アルクェイドは自分とは色の違う紅い双眸を見た。
「アルクェイド姉さんに家族はいますか?いたら教えてくれます」
アルクェイドは答えない。
自分には姉がいるが彼女とはほとんど交流がなかった。
「いなかったら、俺を家族にしてください。それなら寂しくないでしょう。そうですね、俺の家族を紹介しましょう」
そう言って目隠しをつけベッドから降り、士郎はアルクェイドの手を引っ張って部屋を出た。








 
ホールには先ほどから暗い雰囲気が立ちこめていた。
そのときホールへの扉が開き士郎が出てきた。
「士郎!?あんただいじょ、、、」
青子の言葉は途中で途切れ、その場にいた全員の表情が固まる。
なぜなら、士郎が手を引っ張って連れてきたのがこの城の真の頭首であるアルクェイド・ブリュンスタッドだったからだ。
「アルクェイド姉さん、この人たちが俺の家族です」
青子たちのことを無視するかのようにアルクェイドに向かってそう言う。
そして一番最初に動いたのはアルトルージュだった。
「ア、アルクちゃん!あなたどうやって!?」
それはこの場にいた全員が聞きたいことだった。
しかし彼女は答えずアルトルージュに視線を向けるだけだった。
「アルトルージュさんがアルクェイド姉さんの家族ですか?」
士郎がそう聞くと今度は士郎に視線を向ける。
「ちゃんとアルクェイド姉さんにも家族が居ますね」
士郎がそう言うとアルクェイドは何故か士郎に向かって微笑みそして崩れ落ちた。
「わっ!」
とっさにアルクェイドを抱きかかえる。
既に彼女に意識はなかった。
「士郎、わしが連れて行こう」
そう言ってゼルレッチがアルクェイドを抱きかかえ部屋を出て行った。
 
15分後ゼルレッチが戻ってきた。
「士郎何があったの?」
「え〜と、起きたらベッドの脇にアルクェイド姉さんが立っていて。それで、、、」
青子の問いに先ほど会ったことを話す。
「それでここまで引っ張ってきたと」
「はっはっは!さすが、士郎。まさかもう一人の姫様まで引っ張ってくるか」
コーバックが話を聞いて大笑いしていた。
「しかしどうして姫様はお目覚めになられたのだろう?」
「おそらく士郎と姫様の決闘が原因ではないかと」
ゼルレッチの問いにリィゾがそう答える。
「そう言えば結局勝負って俺が負けたんですか?」
士郎がそう聞くと。
「さぁどうかしら、、、」
「私の負けよ」
青子の言葉を遮りアルトルージュがそう言う。
「姫様!しかし、、、」
「お爺様!戦った私が負けたと言っているのよ。士郎の勝ちでいいでしょう?」
「姫様がそうおっしゃるのなら」
ゼルレッチとしては引き下がるしかない。
「士郎、ちょっと来て。」
アルトルージュが士郎を呼ぶ。
「なんですか」
「うん、私に勝ったご褒美」
そう言うとアルトルージュは膝を曲げると、
「これからよろしくね、
『ご主人様』
士郎の唇を奪い、そう言った。
 
『はっ!?』
これには士郎をのぞく全員が声を上げた。
ちなみのこの時アルトルージュは大人の姿のままだった。
「どういう事よ士郎がご主人様って!」
「そ、そ、そ、そうです姫様。どういう事ですか!」
青子と珍しくあわてたリィゾが聞いてくる。
「あの決闘は私が勝ったら士郎が私の物になるってことだったでしょう。つまり勝った方が負けた方を自分の物に出来るわけで、先ほどお爺様も認めたとおり私は負けたの。だから私は士郎の物。士郎は私のご主人様ってこと」
「「なるほど。」」
リィゾとフィナはその説明に納得していた。
「ふざけるな!」
「ふざけんじゃないわよ!」
当然青子と橙子は猛反発した。
「そんなことが認められるか!」
「そうよ。そんなこと師匠として認めるわけにはいかないわ」
「あら理由に関してはちゃんと言ったじゃない」
3人の言い合いは1時間経っても終わらず、さらにアルトルージュの
「ああ、僕(しもべ)はご主人様と一緒にいなきゃならないから士郎は私の千年城に来てね」
と言ったことに2人はぶちぎれて中庭で殺り合う事になったがアルトルージュにはリィゾ、フィナそしてプライミッツが加勢したため残念ながら敗北した。







 
一方コーバックとゼルレッチは大爆笑していた。
「はっはっは!最高だぜ士郎。さっきの比じゃねぇ。はっはっは、、、」
「全くだ。まさか姫様が、、、」
そして渦中の本人である士郎を見ると先ほどからアルトルージュにキスされたときと同じ状態で立ちつくしていた。
「おい、主役がなに黙ってんだよ」
そう言ってコーバックが士郎の顔をのぞき込むと、頭から湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にし気絶していた。
そしてこれにもコーバックは笑った。
「おいおい、キス一つで気絶かよ。おら、しっかりしろ」
肩を揺さぶっても結局士郎は反応せず、そのままベッドに直行だった。
 







翌日
昨日アルトールージュにキスされた後気絶してしまったため、何故ベッドで寝ているのかよく分からないがいつも通りに顔を洗い食堂へ向かう。
そして食堂でアルトルージュを見かけると士郎は顔を赤くして挨拶した。
「お、おはようございます、アルト姉さん」
士郎は意識してはいないが呼び名が変わったことに心の中で喜ぶアルトルージュ。
「おはよう、士郎。ああ、それとも『ご主人様』の方が良い?」
この発言に席に着いていた橙子と青子の額に青筋が走る。
「やめてください!お願いですから!」
先ほどより更に顔を紅くして返答した士郎の反応にアルトルージュは満足した。
「ああそれとすぐじゃないけど今度から私の城で修行することになったから。ちなみにお爺様は許可してくれたわ」
「ええっ!?」
アルトルージュの話に驚き、そんなことになったらどんな目に遭うか想像もつかないことにおびえる士郎であった。
そんな二人を見てフィナは興奮していた。
「さすがです姫様!ああ、やっぱり士郎君はかわいいなぁ。」
「士郎に手は出すなよ!」
そんなフィナに釘を刺すリィゾ。
「どうしたんだリィゾ?やけに突っかかるな。ああもしかして君も、、、」
「アホか貴様!貴様と一緒にするな!それにだ、士郎は姫様の主なのだ。だから貴様は士郎に不埒なことをするなよ」
「そんなぁ!くぅ、手の届くところにいるのに食べちゃダメなんて生殺しだよぉ」
この時士郎はこの会話を聞いてはいなかったが、アルトルージュの話とは別の意味の恐怖を感じた。
朝食が終わり、士郎がゼルレッチに問いかけた。
「老師、行きたいところがあるんですが」
「ほぉ、おまえからそんなことを言い出すとは珍しい。で、どこだ?」
「アインツベルンという人達のところです」
「ええっ!?」
「なにっ!?」
まさか士郎の口からその名が出るとは思っていなかったのか橙子と青子が驚いた。
「わしとしても何故おまえの口からアインツベルンの名が出るのか非常に今日深いな」
「え〜と、青子姉さんたちは父さんが第4次聖杯戦争でアインツベルン共闘したのは知ってますよね?」
二人とも切嗣の日記を読んだためそれは知っていた。
「その〜、アインツベルンには父さんのお嫁さんと娘さん、俺の義理の母と姉に当たる人がいるらしいので」
「「切嗣さんって結婚していたの(か)!?」」
がしかしどうやってアインツベルンとそんな関係になったかは分からなかった。
これは切嗣が万が一を考えて日記には聖杯戦争の様子以外書いていなかったからだ。
士郎が知っていたのは切嗣の写った写真立てに挟まっていた手紙を呼んだからである。
「それでいつ行こうか考えていたんですが、アルト姉さんの城に行くことが決まったのでちょうど良いかなと。それと橙子姉さんもついてきてくれませんか?」
「何故だ?」
「母さんはホムンクルスで第4次聖杯戦争の聖杯でした。もう聖杯戦争は終わりました。それに姉さんは人間である父さんとホムンクルスの母さんとの間に出来た子供だからそうです。それでどうやら普通の人より寿命が短いそうなんです。それで橙子姉さんの人形に体を移してもらえば、、、」
ホムンクルスはアインツベルンが聖杯戦争で聖杯にするために人工的に作った人間である。
つまり聖杯戦争が終われば用済みなのだ。
そしてそんなホムンクルスと人間との間に出来た子供にいたってはどうなるか分からない。
ならば橙子の作った人形に魂を移せばいい。
そう士郎は考えたのだ。
「良いだろう、切嗣さんの娘というのも気になるしな」
「私は?」
「その青子姉さんがついてくるといろいろ問題が起こりそうなんで今回は、、、」
「そうね、今士郎が私たちの弟子ってばれるのはまずいわね」
「ありがとうございます」









 
3時間後。
士郎と橙子はアインツベルンの城を訪れていた。
まるで絵本に出てくるかのような城であった。
城門で出迎えた二人のメイドの一人が訪ねた。
「どちら様でしょうか?」
「衛宮切嗣の息子が来たと伝えてくれれば」
「!?分かりました。ホールでお待ちください」
衛宮の名が出たとき一瞬そのメイドは驚いたがすぐにそう答えた。








 
「奥様、お嬢様」
静かにお茶を飲んでいた親子にメイドが声をかける。
「どうしたの、セラ、リズ?誰か来たの?」
娘の、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンが二人のメイド、セラとリーゼリットにそう聞いた。
「はい、子供と大人が一人ずつ。子供の方は衛宮切嗣の息子と名乗ったこと以外は詳細は不明です」
この言葉に母親である、アイリスフィール・フォン・アインツベルンも耳を傾けた。
「ちょっと、キリツグの息子って何よ!キリツグの子供は私だけよ。それに何でキリツグじゃなくてそんな奴が来るのよ」
「それは分かりません、ただ一緒に『人形師』がおりました」
「はっ!?人形師って、あの蒼崎の?」
「はい、その人形師です。いかが致しましょう?」
セラがそう問いかける。
「その衛宮士郎とか言うやつは殺して。さっきも言ったとうり、キリツグの子供は私だけよ。人形師はその子供を殺したらここにつれてきて」
彼女にとって衛宮切嗣とは母を裏切った男ではあるが、心のどこかで自分のため帰ってきてくれると信じていた。
しかし結局切嗣は帰ってこなかった。
あまつさえ切嗣ではなくその息子が来たのだ。
彼女にとってその子供はやつあたりの対象でしかなかった。








 
15分後
メイドの二人が戻ってきた。
しかし片方はハルバードを携えていた。
「お嬢様からのお言葉です。
『切嗣の娘は私だけ、そんなやつは死んで』だそうです」
その言葉と共にもう一人のメイドが士郎に近づく。
「士郎。傷つけるなよ」
「分かりました」
その言葉共に士郎は既に振り上げられたハルバードに正面から迎え撃った。
 







セラは件の女の子のような少年を見ていた。
彼女も主のイリヤスフィール同様、士郎に憎しみを抱いていた。
彼女たち、セラとリーゼリットはアイリスフィールとイリヤスフィールに仕えるためだけに生み出されたホムンクルスだ。
そして彼女は衛宮切嗣と一緒にいて楽しそうに日々を過ごすイリヤの幸せだけを願っていた。
故に衛宮切嗣の代わりに来たこの少年が彼女には許せなかった。
しかし彼女はイリヤスフィールほど非情ではない。
だから死んだ後弔ってやろうと考えていた。
が、しかし現実は彼女の予想を裏切る。
なんと士郎はリーゼリットが振り下ろしたハルバードの切っ先を片手でつかんだのだ。
よく見るとつかんでいる手の部分に強化がかけてあった。
しかしセラと同じくホムンクルスであるリーゼリットはイリヤスフィールたちの護衛用として戦闘面では魔術師など簡単に倒す程の調整が施されている。
当然それは筋力にも及んでいる。
そんな彼女が両手で振り下ろしたハルバードをいくら強化をかけたからと言って片手で防ぐのは普通の魔術師でもそうはいない。
「セラ、ごめん。ちょっと、無理」
彼女がそう言った。
ハルバードは少しも動いていない。
いつもと変わらないよう見えるがこのような場面でふざけるはずもなく、彼女は本気を出していながらあの少年にかなわないのだ。
「すいません武器を納めてくれませんか?」
士郎がそう聞く。
「先ほども申し上げた通りあなたを殺すよう、命が下されておりますので」
「では今度はあなたがやりますか?」
彼女に戦闘面での調整も武術の知識もない故にそれには答えることは出来なかった。
「それでもダメだとおっしゃるのなら無理矢理会いに行くだけです。」
「く、、、リーゼリットやめなさい、少々お待ちください」
彼女は観念して再びリーゼリット共に主の元に戻った。
 







「ちょっとセラ、リズ、何やってるのよ!」
「申し訳ありません」
「ごめん、イリヤ」
メイド二人が衛宮切嗣の息子を名乗る子供殺せなかったことにイリヤスフィールは腹を立てていた。
そして二人もそれを当然の様に受けていた。
しかしここで思いもしなかった人物から救いの手が差しのばされる。
「イリヤ、もういいでしょ。セラ、その二人を連れてきて」
「お母様!?」
彼女は母が何を考えているのか分からなかった。
「私としてはキリツグの息子って言うのが気になるわ。それにどうして人形師がいるのかも」
「う〜〜〜」
さすがに彼女も母親にこう言われては反論のしようがない。








 
15分後
衛宮士郎、蒼崎橙子、イリヤスフィール、アイリスフィールの4人は円形のテーブルに座っていた。
イリヤスフィールは長方形のテーブルで離れていたかったのだが、アイリスフィールが「こっちの方が話しやすいでしょ。」と言い出したので仕方なくそれに従ったのだ。
士郎の対面にはイリヤスフィールが、橙子の対面にはアイリスフィールが座っていた。
二人が席についてすぐイリヤスフィールが口を開いた。
「で、キリツグの息子ってどういう事?キリツグの娘は私だけよ」
「ええ俺も父さんと血はつながっていません。本来ならここにはいませんよ」
怒気をこめたイリヤスフィールの質問にそう答える。
「どういう事?」
「俺は養子ですよ。両親が死んでから彼に育てられました」
「それで、何でキリツグじゃなくてあんたが来たの?」
「父さんは2年前に死にました」
思いもしなかったセリフに二人が固まる。
「ふんいい気味よ。私たちを裏切ったんだから」
そんな彼女を無視するかのように士郎は口を開いた。
「ところでお二人は聖杯がどんな者かご存じですか?」
「ふん愚問ね。有りとあらゆるどんな願いも叶えることが出来る万能の器よ。私たちをバカにしているの?」
イリヤスフィールは何を今更、と言った様子で答えた。
「本来であればですがね」
「何が言いたいのよ?」
「少々昔話をしましょう。第3次聖杯戦時、あるマスターがその戦いで勝利したいがためにあるルールを破って8体目のサーヴァントが召還されました。クラス名はアヴェンジャー。真名はアンリ・マユ。もちろん本物ではなく本当はある村の青年でしたがある日村の住人が幸福になりたいと願いました。そのためどうすれば幸福になれるかを考えた結果、悪いことをしなければいいと考えました。しかし人間は生きている限り悪を背負うものです。そこで彼らはたった一人の人間に自分達のすべて悪を背負わせました。結果人間としての名を呪いによって世界から消され、悪の化身『アンリマユ』として蔑まれ疎まれ続ける中で『そういうもの』になってしまったのが彼です。しかし武芸に秀でた訳でも魔術や特殊な能力に優れる訳でもなく、能力はあくまで普通の人間の水準にすぎないただの人間が英霊に勝てるはずもなく四日目で敗退しました。しかしそれによって聖杯が溜め込む『無色の力』は汚染されて『人を殺す』という方向性を持った呪いの魔力の渦と化すようになりました。例えば、そうお金が欲しいと願うならば人を殺してその財産を奪うとか。
そうですよね、アイリスフィール・フォン・アインツベルン」
「お母様?」
ここで母親の名前が出てきたことにイリヤスフィールは今の話がどういう事か理解できた。
「そして父さんはそれに気付いた。だからあなたを避難させたんです」
無論今の話が嘘だと考えることが出来る。
しかしアイリスフィールには思い当たる節があった。
そしてイリヤスフィールは母の反応からそれが真実であると分かった。
「そしてあなたがいなくなった後、セイバーとアーチャーが戦い、父さんは聖杯の泥をかぶりましたが聖杯を破壊し、聖杯戦争は終わりました。その場にいた多くの人の命と一緒に。生き残ったのは一人の少年でした」
そこで士郎は言葉を切り、目隠しをはずし、こう言った。
「自己紹介がまだでしたね。俺は、衛宮士郎。あなた達が作った物で一度死んだ人間です」
この時二人は改めて士郎の顔を見てみた。
女とも男ともとれる中世的な顔、そしてもとの色が薄くなったピンク色の髪、血よりも紅い目。
それは彼女たちの様に生まれながらのものではなく、何かによって無理矢理そうなってしまったことが解った。
そしてこれが二人の心にひびを入れた。
二人は自分達がいかにくだらない物に執着していたか今更気付いたのだ。
そしてそれによって大事な物を失いそれがもう二度と帰ってこないことも。
そして士郎もそれに気付いていた。
「これは渡しておきます。最後に書いてあるのはおそらくあなた達に向けた物だと思います」
そう言って士郎は切嗣の日記と彼女たちの写った写真を渡す。
日記の最後にはこう書かれていた。
『イリヤ、約束を守れなくてごめん。アイリ、すまないそして愛している。最後に僕の家族をよろしく頼む』
「「キリツグ、、、」
彼女たちは日記を握りしめながら泣き崩れた。
 
 
 
 
 
「そろそろいいか。」
二人の涙が止まってから橙子がそう口を開いた。
「そう言えば何であなたがいるの」
そう本来封印指定である橙子は魔術師との関わりを避けるはずである。
「今はこいつの保護者でな。切嗣さんとは親交があったんだ。しかしまさかアインツベルンと結婚していたとはな」
「で、結局なんでいるのよ?」
「なに、おまえらのために人形を作ってやろうと思ってな」
「あら、ありがたい申し出だけど理由は?」
彼女たちはホムンクルスであるが故に寿命が一般の人間より短いことは知っていた。
「おまえたちは切嗣さんの縁者だ。それにこいつの頼みでもあるからな」
「あ〜、橙子姉さん。あちらのお二人の分もお願いできますか?」
士郎がセラとリーゼリットの方を指さす。
「む。まぁ、いいだろう。ついでだ」
「何でセラたちまで」
「あなた達にとってお二人が大事な人に思えたからです」
その言葉に改めてイリヤは二人が自分にとって身近な存在なのだと感じた。
「私はもうすぐ私は日本に戻る。そのとき一緒に来い」
「ああでも、イリヤ姉さんはもう少し待ってください」
突然呼ばれた呼称とその内容にイリヤは吹き出した。
「ちょっと何よそれ!それに何で私だけ。」
「人形に体を移すと言うことは同時に魔術師であるということをやめることでもあります。しかしそれでは次の聖杯戦争に参加できません。まぁ参加しないと言うのなら別にかまいませんが」
魔術回路とは先天性の擬似神経である。
橙子は魔術回路のある人形を作ることは可能である。
しかしそれにはその人形のオリジナルのすべてを完璧に理解していなければならず、故に魔術回路を持った他者の人形を作るのは不可能なのだ。
「それなら仕方ないわね」
 
「さて、それではそろそろ失礼します。」
一通り話が済み士郎は帰ろうとしていた。
「そう、じゃあ次に会えるのを楽しみにしてるわ」
アイリスフィールがそう言った。
そしてドアを閉める直前に士郎はこういった。
「俺もです。アイリ母さん、イリヤ姉さん」
 
「セラ」
「なんですか、リーゼリット?」
二人がこの城を離れてからリーゼリットが話しかけてきた。
「あの子、イリヤと似ている。でも、イリヤと違う」
それは彼女も何となく気付いていた。
彼は孤独なのだ。
イリヤにはキリツグがいなくなってもアイリスフィールや自分がいた。
故に孤独ではなかった。
しかし士郎には周りに家族がいたとしても心の中には自分しかいない。
あの少年はそんな目をしていた。
 
 
 
 
 
その日の夜
就寝にはまだ早い時間にアイリスフィールは昼間の少年のことを考えていた。
突然現れた、自分の知らない夫の子供。
そして突然の申し出。
それは端から見れば十分に喜べる物ではあった。
しかし彼女には解らなかった。
あの少年がそこまでする理由が。
あの少年が家族を失う一端は自分達にあるというのに。
そんなことを考えているとき、突然部屋の中央が光った。
光が収まったところに立っていた人物を見て彼女は目を見開いた。
その人物が口を開いた。
「夜分遅くに失礼する。あなたがアイリスフィール・フォン・アインツベルン殿でよいですかな?」
「ええそうです。お会いできて光栄です、魔導元帥」
「淑女であるあなたの部屋にこのような時間に突然訪れて申し訳ない」
「どうぞお気になさらず。それで、なんのご用でしょう?今はもうアインツベルンとあなたはなんの関係も無いはずですが?」
「今日、あなたのもとに一人の少年が訪れたでしょう」
「ええ」
「彼は私の弟子です。」
その瞬間アイリスフィールは息をのんだ。
「まさか、、、あの少年が教会で噂されているあなたの弟子、、、」
「ええそうです。ついでに付け加えるのなら蒼崎青子の弟子でもあります」
その言葉に思考が停止した。
「彼女の弟子?ですが今日一緒にいたのは、、、」
彼女は蒼崎橙子と蒼崎青子の仲が悪いと記憶していた。
「正確に言えば士郎はコーバック・アルカトラスを含めた私たち4人の弟子と言うことになります。」
「お待ちください。たしかコーバック・アルカトラスは自身が制作した『悠久迷宮』に閉じこめられていたはずでは?」
「まず士郎のことから説明致しましょう」
そう言ってゼルレッチは士郎の身に起こったことを説明した。
衛宮切嗣の養子になったことから、アルトルージュ・ブリュンスタッドを殺しかけたことまで。
「そんな、、、」
その内容は魔術師とっては有り得ない内容だった。
わずか8歳で根源に到達し、更には生きながらその身が魔法になったなど。
「奥方よ、今日ここに来たのはこの事を伝えに来ただけではありません」
「えっ、、、」
これ以上まだ何かあるのか、今の内容だけで既に頭が痛かった。
「士郎は家族という物をとても大事にしております。そしてそれ以外の物がどうなろうと気にしないでしょう。ですから士郎の家族として、母親として共に過ごすのなら覚悟を決めてください。士郎と共に茨の道を進む覚悟を。そうでないのなら士郎に関わるのはやめておいた方が良い」
彼女に既に考える力はない。
しかし答えは決まっていた。
「私はキリツグの妻です。そしてシロウ君はキリツグの息子です。ならば私の息子でもあります。ならば答えは決まっております」
そう決意したことを口にする。
「そうですか、既に覚悟はあったようですな」
「ええ、シロウ君をよろしくお願いします」
「もちろんです。それとこれから何かありましたらまた来ます」
「次は廊下から来てください」
「そうですな、そういたしましょう。それでは奥方、これにて失礼いたします」
「はい、次に会える時を楽しみにしております」
士郎の時と変わらぬ内容を口にしてゼルレッチは消えた。
 
 
 
 
 
イリヤスフィールは昼間の少年のことを考えていた。
母を裏切った男の代わりに来た少年。
その少年は自分達によって殺されたも同然だった。
なのに恨み言一つ言わず、自分と母の命を救う方法を提示してきた。
何故?
理由は分かっている。
彼にとって自分達は家族で、彼は家族を愛しているからだ。
ならば自分はどうだろうか?
最初は顔も見たくなく、あまつさえ殺すようにリーゼリットに命令した自分。
彼とは天と地ほども差があった。
自分はあの少年のようになれるだろうか。
そう考えていると、
「イリヤ、ちょっといい?」
「お母様、どうしたの?」
母が訪ねてきた。
「ちょっとシロウ君のことで聞きたいことがあってね」
「そう」
彼女はイリヤの隣に座った。
「ねぇ、イリヤちゃんはシロウ君のことをどう思っているの?」
「何も」
違う。
既に答えは出ている。
「ねぇ、イリヤ。シロウ君は何もないの。すがる物(家族)をなくして、そして今度は新しく一緒にいてくれたキリツグまでなくして。そしてキリツグには家族がいた。イリヤだったらどうする?」
「わかんない!」
少々乱暴気味にそう答えた。
「シロウ君は家族として接してくれた。それが私にはうれしかったなぁ。キリツグに裏切られたと思ったら、やっぱりわたしたちのことを心配してくれて。だからキリツグの頼みは聞いてあげたいの」
「私には解らない。どうすればいいのか」
「簡単よ。シロウ君の家族になればいいのよ。それで終わり」
「私は怖いの。キリツグみたいに大切な人がいなくなったら」
「そうね。たしかにそれは怖いわね。だったらシロウ君をイリヤの物にしちゃえばいいじゃない。例えば、そうお嫁さんとか」
「お母様!?」
突然母が言い出したことに驚くイリヤ。
「あら、いらないの?じゃあ私がもらっちゃおうかな。」
「ダメ!それだけはダメ!」
「素直でよろしい。」
「あっ、、、」
そう自分はあの少年が欲しいのだ。
「ふふ、イリヤの結婚式が楽しみだわ。」
「お母様!」
母の言い出したことに困惑しながらも彼女はあの少年との生活に思いをはせていた。









 
あとがき
どうもNSZ THRです。
白い方の姫様の登場とアインツベルンのお話しです。
アルトルージュは原作とは別の方向に向かわせました。
アイリの性格と話し方はこれで大丈夫でしょうか?




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